タトゥーって、
ただのファッションだと思われることが多い。
おしゃれ。ノリ。勢い。
人によっては、少し怖いものに見えるかもしれない。
タトゥーは
ただのファッションじゃないと思った理由
でも私は、
threadsで彫り師さんのある投稿を見て思った。
「タトゥーを入れる人は、
人生の出来事や感情を身体に刻むことで統合している」
それを読んだ瞬間、心の中でめちゃくちゃ頷いた。
ああ、分かる。
私にとってタトゥーは、ただの絵じゃない。
過去の私が何を願っていたのか。
何を越えようとしていたのか。
これからどう生きたいと思っていたのか。
その全部を、身体に刻んだものだった。
1つ目のタトゥーは、右太ももの蝶

私の右太ももには、蝶のタトゥーが入っている。
でも、普通の蝶じゃない。
羽が左右で違うデザインになっていて、
片方は薔薇、もう片方はひまわり。
このデザインは、自分で考えた。
蝶・薔薇・ひまわりに込めた意味
蝶は、変化と生まれ変わり。
薔薇は、強さと愛。
ひまわりは、希望と光。
つまり私はその時、身体にこう刻んだんだと思う。
変わる。
強くなる。
光の方を向く。
2022年8月、結婚のタイミングで刻んだもの
メールを見返したら、
このタトゥーを入れたのは2022年8月だった。
ちょうど、DVモラハラの元旦那と結婚するタイミング。
当時の私はきっと、
「ここから人生が変わる」と思っていた。
当時既にバツ1だった私はこの結婚を、
新しい人生の始まりだと信じていた。
同じタトゥーでも、時間が経つと意味が変わる
でも人生って、本当に不思議だ。
同じタトゥーでも、時間が経つと意味が変わる。
あの頃の私にとっては「結婚して新しい人生を始める」という意味だったかもしれない。
でも今の私にとっては違う。
あの経験を越えて、もう一度生まれ変わる。
今は、そんな意味に変わっている。
2つ目のタトゥーは、左腰の黒猫とガーベラ

左の腰には、黒猫とガーベラのタトゥーがある。
これはカバーアップ。
元々入っていたタトゥーを、上から入れ直したもの。
このタトゥーを入れたのは、
元旦那と離婚したタイミングだった。
カバーアップに込めた
「自分の道で生きる」という宣言
黒猫は、自分の道と直感。
ガーベラは、希望と前向きさ。
つまりこれは、私にとっての宣言だった。
自分の道で生きる。
誰かに合わせて生きるんじゃなくて、
誰かの顔色を見て自分を消すんじゃなくて、
私は私の感覚を信じて、自分の人生を選ぶ。
そんな気持ちを、身体に刻んだ。
タトゥーへの偏見について思うこと
正直、タトゥーにはまだ偏見があると思う。
怖い。
軽そう。
後悔しそう。
ちゃんとしてなさそう。
そう思う人がいるのも分かる。
でも少なくとも私にとって、
タトゥーは誰かに見せびらかすためのものじゃない。
ただのファッションでもない。
忘れたくない感情があった。
越えたい過去があった。
未来の自分に向けて、残しておきたい宣言があった。
だから私は、それを身体に刻んだ。
私のタトゥーに共通しているテーマ
不思議なことに、
私のタトゥーのテーマは全部つながっている。
変化。
強さ。
希望。
自分の道。
そしてそれは、今の私の発信にもつながっている。
自分軸。
自己肯定感。
恋愛。
過去の経験を、どう意味に変えていくか。
たぶん私は、いつもこうやって人生を進めてきた。
経験して、意味を見つけて、発信する。
しんどかった出来事も、ただの傷で終わらせたくない。
ちゃんと自分の一部にして、
誰かの言葉に変えていきたい。
あの経験に、後悔はない
DVモラハラの結婚と聞くと、
「そんな経験、なければよかった」と思う人もいるかもしれない。
もちろん、しんどかった。
苦しかったし、自分を見失った時期もあった。
でも私は、あの経験に後悔はない。
あれがあったから、今の私がいる。
あれを越えたから、
自分の人生を自分で選びたいと思えた。
あれがあったから、
今こうして誰かに届く言葉を書いている。
過去は消せない。
でも、意味は変えられる。
タトゥーは、
人生の章タイトルなのかもしれない
私にとってタトゥーは、ただの絵じゃない。
その時の私が、何を願っていたのか。
何を信じようとしていたのか。
どんな自分になりたかったのか。
それを思い出させてくれるもの。
だから今は、こう思う。
タトゥーは、人生の章タイトルなのかもしれない。
結婚も、離婚も、傷ついたことも、立ち直ったことも。
全部、今の私につながっている。
その時は意味なんて分からなかった出来事も、
あとから振り返ると、
ちゃんと一本の線になっていたりする。
もし今、人生でしんどい経験をしている人がいるなら、伝えたい。
その経験も、いつか意味に変わるかもしれない。
今すぐ前向きになれなくてもいい。
すぐに「必要な経験だった」なんて思えなくてもいい。
でも、いつか振り返った時に、
「あの時の私がいたから、今の私がいる」
そう思える日が来るかもしれない。
経験に意味は、あとからつく。
