夢よりも、まずはお金。配信と出会い、私が入りたかった事務所をつくるまで。
夢よりも、まずはお金。
第1章静岡の田舎で、突然訪れた別れ

静岡の田舎に生まれた私。中学1年生のとき、父が病気で突然亡くなりました。当時、母は専業主婦で、弟はまだ小学生。
ずっと続くと思っていた生活が、突然ガラッと変わってしまう。子どもだった私にとって、それは自分ではどうにもできない出来事でした。
金銭面で苦労している母を、ずっとそばで見ていました。
「父の代わりに、私が家族を支えなきゃ」
まだ中学生だったけれど、そんなふうに思うようになりました。
その後の私が「お金を稼ぎたい」と強く思うようになった背景には、この父との別れがあります。
第2章高校2年生、実家が全焼した

高校2年生のときには、実家が火事で全焼しました。父との別れに続き、今度は暮らしていた家も失いました。
当時、私の家は、弟とその友達の憩いの場。そんな場所を奪ってしまったことで、弟との仲も悪くなりました。「家族を支えたい」と思っていたのに、そんな私が取り返しのつかないことをしてしまった。誰も私のことを責めないけれど、私は自分のことを許すことができませんでした。
早く自分で稼げるようになりたい。その思いを抱えたまま、私は大学生になりました。
第3章夢よりも、まずはお金

昔から、芸能の世界に少し憧れていました。演劇部だったこともあり、人前に立って何かを表現することに惹かれていたんです。
でも、大学時代は、遊ぶことより、お金を稼ぐことに必死でバイトばかりしていました。
初めての給料は、7万円。
嬉しくて嬉しくて、母に電話しました。
「あかねちゃん、母の給料と一緒だ〜。東京は時給もいいんだね」
毎日働いている母と、週3回、大学終わりに数時間働いている私。
給料が一緒だったんです。
嬉しかったはずなのに、ショックでした。
「母に迷惑をかけたくない。仕送りなんて、もらえない」
すぐに仕送りを断りました。
「夢ばかり見ていられない。お金を稼がなきゃ」。より一層そう思うようになりました。
第4章好きな会話も、働き方が合わないと苦しい

私がバイト先に選んだのが、ラウンジでした。人と話すことは好き。でも、体質的にお酒が飲めないし、ギラギラとした場のノリにも全くなじめません。
それでも無理して働いて、急性アルコール中毒になったことも何度もありました。
お客さんがテキーラを注文してゲームが始まると、「負けたら飲まなきゃいけない」と、毎日ヒヤヒヤしていました。なんとか勝って、飲まずに済ませたい。毎日のように吐きながら働き、ときにはトイレで潰れることも。それでも、朝になれば大学に行く。そんな生活を送っていました。
人と話すことは好き。
でも、この働き方は、私にはつらかった。
稼ぎたい気持ちはあるのに、体がついていかない。
それでも、お金を稼ぎたくて無理をしていました。
大学卒業とともに、ラウンジのアルバイトを辞めました。
第5章会社員になっても、無理をしていた

大学卒業後は、IT広告の会社に就職しました。でも、飲み会への参加がほぼ強制だったり、休日も社内の部活動に参加してワイワイ、みたいな雰囲気が、私には合いませんでした。
「仕事はちゃんとやっているのに、そこまでしなきゃいけないの?」。そう思っていました。仕事で成果を出しても評価されず、先輩には「あかねちゃんはもっと社内営業が必要だね」と言われました。
きちんと仕事で成果を出していても、飲み会や休日の付き合いに参加しないと評価されないのはおかしくないですか? 一気にやる気を失いました。
また、夜型で朝早く起きるのも苦手な私には、周りと同じように働くことが負担になっていました。朝も満員電車で潰されそうになりながら会社に行かなきゃいけない。
周りに合わせようとする中で、心もどんどん疲れていきました。その後、「まだできる」と自分に言い聞かせて無理した結果、ある日、「死にたい」と思いました。うつ病でした。頑張りたいのに、働き方が合わない。でも、それも甘えかもしれない。そんな時期が、私にもありました。
配信がひらいた、私の道
第6章2019年、家から始めた新しい一歩

2019年、私はライブ配信に出会いました。Pocochaを始めたのは、2019年12月22日です。
最初は副業で始めました。
飲めないお酒を、無理に飲まなくていい。
家から、好きな「話すこと」ができる。
時間を自分で調整できて、自分のペースを考えながら取り組めることが、私には合っていました。
画面の向こうには、私の話を聞いてくれる人がいました。
IT広告の会社で働く私にとって、配信は癒しであり、自分の居場所になっていったんです。
第7章開始41日でS帯、3ヶ月目で月収100万円

Pococha開始41日でS帯。3ヶ月目で月収100万円。
応援してくれたリスナーさんたちのおかげで、成果を出すことができました。
この数字の向こうにいたのは、配信に来て、話を聞いて、応援してくださったリスナーさんたちです。自分の言葉や日常を受け取ってくれる人がいる。その存在が、私の活動を支えてくれました。
でも、成果が出ても、不安がなくなるわけではありませんでした。
時間を自由に決められることと、努力をしなくていいことは別でした。会社の仕事と両立しながら配信を重ね、プライベートの時間を取りにくい時期もありました。友達と遊んでいても、23時には家に帰らなければいけない。休みなんてない。朝はメイクしながら配信、昼はお昼を食べながら配信、夜は帰宅後、寝る直前まで配信。毎日配信と仕事しかせず、プライベートは皆無でした。でも、それだけ頑張っていても、必ず報われるわけではない。メンタル面でも何回も崩れました。成果だけでなく、続け方や生活とのバランスも大切だと、今は伝えたいです。
第8章諦めた夢に、違う形でもう一度

ライバーとして活動する中で、ミュージックビデオに出演させていただく経験もできました。
演劇部で、人前に立つことに憧れていた私。社会人になるときに諦めたつもりだった夢に、配信を通じて、少し違う形でもう一度近づけたんです。めちゃくちゃ嬉しかったです。このミュージックビデオへの出演につながったのは、私のPococha引退前の最後のイベントでした。
いろんなリスナーさんが応援してくれた。そのことが、とても心に残っています。もちろん、リスナーさんと揉めて嫌な思いをしたこともあります。リスナーさんが突然配信に来てくれなくなって、寂しい思いをしたこともあります。でも、多くの経験をさせてくれて、成長にもつながりました。私にとってライブ配信は、収入だけでなく、自分の可能性を広げてくれる場所にもなりました。
私が入りたかった事務所をつくる
第9章相談したかったのは、あのときだった

配信で収入を得られるようになっても、悩みがなくなったわけではありません。所属していた事務所では、担当者が変わることがありました。
前の担当に相談していたことや、約束していたことが、次の担当に引き継がれていない。一度話したことを、また最初から説明しなければいけませんでした。相談の続きをしたいのに、まず自分の状況をわかってもらうところから始める。その繰り返しでした。
相談を送ったのは、イベントの最中。返事が来たのは、イベントが終わったあと。今どうしたらいいかを聞きたかったのに、そのタイミングではもう間に合わない。連絡先があることと、困ったときに頼れることは、同じではありませんでした。
売上の高いライバーばかり優先されて、自分は後回しにされていると感じることもありました。事務所に所属しているのに、結局、自分でなんとかするしかない。配信という働き方に出会えたあとも、強い孤独を感じていました。
私がほしかったのは、相談するたびに一から説明しなくても、これまでの活動や悩みをわかってくれている人。同じ人に、続けて相談できること。それが、どれだけ心強いことなのかを感じました。
第10章数字の前に、私の気持ちを聞いてほしかった

自分の配信を見ていないまま、「もっと配信時間を増やして」と言われる。朝も、昼も、夜も配信して、すでに頑張っているのに。時間を増やすこと以外に、何を変えればいいのか。一緒に考えてほしかったんです。
イベントで負けて落ち込んでいるときも、話題になるのは順位や数字のことばかり。もちろん、数字は大切です。でも、そこまで頑張ってきた気持ちや、悔しさも聞いてほしかった。結果だけを見て話が進むと、自分の気持ちは置いていかれているようでした。
リスナーさんとのトラブルを相談しても、寄り添って話を聞いてもらえずに終わることがありました。担当者に配信経験がなく、ライバーとしての気持ちを理解してもらえないと感じました。
努力しているけど、正解がわからなくて毎日不安。毎日メンタルがやられる。そんなときに「もっと頑張って」だけでは、次の配信に向かう気持ちを立て直せませんでした。
まず、何がつらかったのかを聞いてほしい。そのうえで、次の配信で何を変えればいいのか、一緒に考えてほしい。成果を出す方法だけでなく、続けていく気持ちも支えてほしかったんです。
第11章「サポートします」の中身が、見えなかった

Pocochaで配信していた頃、事務所から「実績を出したら、オリジナルグッズを作ってあげるね」と言われていました。でも、実際に実績を出しても、グッズの話は出ないまま。
約束していたサポートは受けられないのに、報酬からは事務所の取り分が引かれる。結局、仕方なく自分でお金を出して、グッズを制作していました。入る前に聞いていた話と、所属してから受けられる対応が違ったんです。
報酬の仕組みにも、不明確で納得できないことがありました。「なんで何もしてくれない事務所に中抜きされないといけないんだ」。納得できず、当時の事務所に直談判しました。
何も考えず、わからなかったこともあり、軽い気持ちでよくわからない事務所に入ってしまったのが良くなかった。その後、その事務所を退所しました。
「サポートします」と言ってもらえるだけでは、何をしてもらえるのかはわからない。誰が担当してくれるのか。何を、どこまで手伝ってくれるのか。利用するための条件は何か。報酬はどう決まるのか。所属する前に、具体的に確かめておけばよかったと思っています。
同じ人に相談を続けられること。気持ちも聞いてもらえること。約束された支援を、実際に受けられること。私がほしかったのは、そういう安心感でした。私と同じ思いをする人を、少しでも減らしたい。その経験が、今のサポートの原点になっています。
第12章私が入りたかった事務所を、つくる

IT広告の会社を辞めたタイミングで、今の事務所の社長から声をかけていただきました。自分と同じように悩むライバーを支えたいと思い、ライバー事務所へ転職しました。
ライバー事務所Colorsで、Pocochaのサポートを経て、現在はTikTok LIVEの責任者として従事しています。5年以上、ライバーの配信や悩みをサポートする中で、「女性がひとりで悩みを抱えず、安心して相談できる場所をつくりたい。一人ひとりの気持ちや生活まで大切にしたい」という思いが強くなりました。
あの頃の私が入りたいと思える事務所を、自分でつくろう。そうして立ち上げたのが、Colorsの女性限定ライバー事務所AKUMAMIIです。
前に相談したことを、また一から説明する。配信を見てもらえないまま、「もっと時間を増やして」と言われる。約束されていたサポートも受けられない。そんな経験をした私がほしかったのは、自分の活動を知っていて、困ったときに一緒に考えてくれる担当者でした。
だからAKUMAMIIでは、代表の私が1対1で直接担当します。前に話した悩みや、試してきたことも踏まえて、次の配信を一緒に考えたいんです。
私が大切にしたいのは、一人ひとりの顔が見える距離感です。たとえば、店主がお客さんの顔を覚えている、小さな個人の飲食店。自分がお客さんとして訪れたときに、顔を覚えてもらえていたら、ほっとすると思うんです。
事務所でも、そんな安心感を大切にしたい。相談する相手がわかっていて、前に話したことから続きを話せる。私がつくりたいのは、そんな場所です。
あの頃の経験を、今のサポートに
私自身が経験した対応と、AKUMAMIIで大切にする対応です。すべての大手事務所に当てはまるものではありません。
担当者が変わり、相談や約束が引き継がれない
代表のあかねが直接担当。これまでの相談も踏まえて、一緒に考えます。
配信を見ずに、時間を増やすよう言われる
配信内容と手応えを一緒に振り返り、次に試す企画や話し方を具体的に考えます。
落ち込んでいても、順位や数字の話だけ
まずは悔しかったことや不安を聞き、気持ちを整理してから次の取り組みを相談します。
約束されていたグッズ制作が実行されず、自費で制作
動画制作なら企画・台本・編集の範囲、本数や利用条件まで、所属前に説明します。
サポートの範囲や報酬の仕組みが不明確
所属前に、提供するサポート・利用条件・報酬の仕組みを説明します。
現在のTikTok LIVEのサポートでは、「動画を出したいけれど、何から始めればいいかわからない」なら、企画・台本・編集をサポートする。「誰とコラボすればいい?」なら、相手探しから相談する。「やったほうがいいよ」で終わらず、ひとりでは止まってしまうところを、一緒に進めたいと思っています。
配信の悩みを話せる仲間とのつながりも大切にしています。初めてのコラボ・バトルの相手探しや、ランチ会などの交流もサポートします。担当者だけでなく、配信の話ができる仲間にも出会える場所にしたいんです。
誰がどんな配信をしていて、今、何に悩んでいるのか。担当する私が、ちゃんと把握していたいんです。私一人でサポートできるのは、多くても100人までだと思っています。だから、所属人数を増やすことよりも、一人ひとりと向き合えることを大切にしています。
私がしてほしかったサポートを、今度は私が届けたい。周りと同じ働き方が合わなくても、あなたに合う道は、一緒に探せる。まずは、あなたの話を聞かせてください。
